岐阜家庭裁判所 事件番号不詳 決定
本籍 大阪市○○区○○通○丁目○十○番地
住居 岐阜県○○郡○○町○○少年院内
在院中 ○島○彦 昭和十年十一月二十三日生
主文
本件申請はこれを棄却する。
理由
本件申請の要旨は、本人は昭和三十年五月十二日当裁判所において詐欺保護事件について中等少年院に送致する旨の保護処分に付され、同月十八日○○少年院に収容され、同年十一月二十三日には満二十歳に達し、昭和三十一年五月十一日を以て送致のときから一年間の収容を終るべきものである。しかして本人に対し収容以来矯正教育を施した結果、本人は昭和三十一年一月九日にはその処遇も一級上に進級し、入院以来一回の事故反則もなく成績極めて良好であるが、中部更生保護委員会より院内処遇から直接実社会におくことは環境等から将来若干の不安なしとしないのみならず、寧ろ適切なる保護観察をなすことにより将来の自立更生を計る必要があるので、仮退院による保護観察を実施すべきであるとの要望があつたので、向後六ヶ月間の収容を継続すべき旨の決定を申請するというのである。
ところで保護の目的を達するためには少年院という特殊な社会において矯正教育を施しただけで不充分であつてそれに引き続いて一般社会という環境の下において更に保護の仕上げをすることが必要な場合の存することは充分首肯せられるところであり、又保護処分においては性格矯生と環境調整とが相即不離の関係にあることを合せ考えるときは、少年院法第十一条第二項に所謂〔犯罪的傾向がまだ矯正されていないため少年院から退院させるに不適当である」との規定の趣旨も右保護思想を前提とし仮退院による保護観察の含みをもつて合目的的に解するのが相当である。然しながら近き将来において仮退院が許されるとしても、いやしくも個人の自由を拘束するものである以上右法規の解釈については慎重を要することはいうまでもない。
そこで右の趣旨に則りつつ本件申請について審理するに、本人の在院成績は昭和三十年五月十八日二級の下に編入され、同年八月四日には二級の上に、同年十一月二日には一級の下に、同三十一年一月九日には処遇の最高段階である一級の上にそれぞれ進級し、入院以来一回の事故反則もない。同少年院法務教官の観察の結果である昭和三十年十月三十一日附「処遇上参考となる事項」と題する書面によれば、本人は智能優秀であることを鼻にかけて若干不真面目な点が見受けられ、文字に対する慢心があつて進歩性が認められない旨の記載があり、同三十一年三月一日附前同様の書面によれば、最近の本人の態度は向上し、寮内生活においても非常に良好であり、仕事に対しても熱心さが見られ、親に対しても大変済まなかつたと云う気持が生活態度並びに親に宛てた書簡にも窺えるようになつた旨の記載があり、前記法務教官も亦同趣旨の陳述をしているところであつて、収容前の自己顕示性強く、環境に順応し難く安定度低く、虚言多く、信頼性のなかつた本人の性格的欠陥も右一年間の矯正教育の結果功を奏したものと認められる。次に本人の家庭環境についてみるに本人に対する○○保護観察所の昭和三十年七月五日附環境調査報告書によれば、本人の家庭は多子家族で生計貪困であり、父○島○太は病弱で保護能力は充分とはいえないが、引受意志は充分あり、一応良好と認める旨の同保護観察所長の意見が附してあり、現に○○県にある家族との間に交わされた書簡その他本人の供述を綜合すれば、その後においても両親はじめ本人の妹弟等はこぞつて在院中の本人を励ましおり、本人の就職先についても努力しており、これまでの狭い間借り生活から最近は同県○○郡○○町の町営住宅に一家が移住し、一日も早く本人の家庭復帰を望んでいることが窺われ、父○太は失職と病弱のため現在はやむなく競艇競輪の予想屋(右競艇競輪の新聞販売編集等)をしているのであるが本人も入院後孔版科処遇によつて修得しつつある謄写版印刷の技能をもつて右父の仕事を家庭監護の下に援助したい旨供述しており、なお本人の健康状態についても別段異常はなく充分の労働に堪え得るものと認める。
以上の次第でもはや本人を少年院に継続して収容することは勿論仮退院による保護観察に付する必要も認められないので本件申請は結局理由がないものというべくこれを棄却することとし主文のとおり決定する。
(裁判官 白川芳澄)